Story04造り手の絶えた
天ぷら鍋を、再び。

砲金鍋(ほうきんなべ) by(株)和田厨房道具 千日前道具屋筋商店街

砲金鍋(ほうきんなべ) by(株)和田厨房道具 千日前道具屋筋商店街

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世界各国の
揚げ物とは
異なる
繊細な
進化を遂げた
日本の天ぷら。

天ぷらが繊細な料理になったのは明治以降のことらしい。かの徳川家康が天ぷらの食べ過ぎで亡くなったという逸話は有名だが、江戸時代の天ぷらといえば、ネタにたっぷりと衣をまとわせたずいぶん野暮ったい料理だったそうだ。油でガチガチに固まった衣は、割り醤油につけてもふやけることがなかったという。そんなふうに鈍重な揚げ物だった天ぷらが、なんとも軽やかな料理へと変身を遂げたものだ。「天女のごとき白衣に包まれ、和紙の上に踊る」と評した作家もいる。フランスの思想家ロラン・バルトは日本人がお金を出して天ぷらに求めているのは「揚げ方の清らかさ」であると書いた。

料理人は、全神経を研ぎ澄ませて天ぷら鍋と食材に対峙する。できるだけ衣を薄くし、できるだけ短時間の加熱で、繊細な素材の良さを残らず引き出すように心を砕く。身が柔らかな鱚(きす)なら、口に入れたときに衣と身がほろりと崩れる一体感を第一に考え、やや低めの温度で丁寧に蒸すように揚げる。色味も白く、美しく。これが肉厚の帆立貝なら、やや厚めの衣をつけてじっくりと揚げ、水分を適度に抜くことで貝の持つ甘みを凝縮させていく。かといって完全に火を通せば身は固くなる。中はちゃんとあたたかいが半分ナマというのが頃合いだ。

大阪・難波で100年以上続く老舗割烹、「ごんべ」の松田さんは言う。「根菜なんか、産地や季節によっても揚げ方が変わります。蓮根は基本的にじっくり火を通して、もちっとさせた方がうまいと思いますが、それが夏に出回る新物なら爽やかさを楽しむために、むしろ高めの温度でカリッと揚げた方がおいしい」。天ぷらという料理は常に、「素材との話し合い」なのだとか。「ただ食材に粉をつけて揚げるだけの料理ですが、火の通し加減を完全にコントロールすることでお客さまに感動してもらえる一品になるのです」。

日本には四季折々の旬の食材がある。その素材ごとに、どう食べるのが旨いのかを具体的にイメージし、その想像通りに火を通すのが職人の腕の見せどころ。

天ぷらほど、ギリギリの加熱のタイミングの見極めが求められる料理はほかにない。そのような繊細な調理法の追究が、職人の技術の向上と同時に、さまざまな天ぷら鍋を誕生させるきっかけとなった。中でも、数多くの名店で一流の料理人に使用され、最高の天ぷら鍋と評価されているのが、黄金に輝く砲金鍋だ。

次々に食材が
投入される
油の温度を
完全に
コントロールする
ための鍋。

砲金鍋が最高の天ぷら鍋と言われる理由は、何か。松田さんによれば、砲金という銅と錫の合金が持つ熱伝導率の高さ、蓄熱性の高さが天ぷらという料理の性質に完全に合致しているのだと言う。「天ぷら鍋の中の温度の調節は、非常に面倒です。いま油を適温にしていても、食材を入れれば入れるだけ温度は下がりますから。例えば3尾の車海老をカラッと揚げたいと思ったら、3尾目を入れたときにちょうど温度が180℃になるように予め計算しておかないといけない」。天ぷらの衣は通常、グルテンの発生を抑えるために冷やされており、これをまとわせることで余計に油の温度は下がりやすい。

だがしかし、蓄熱性の高い砲金鍋なら、分厚い鍋自体が豊富な熱量を蓄えるため、食材を入れたときの温度の変化を最小限に抑えられるのだ。また料理人が火を強めると、熱伝導率の高い砲金鍋は即座にその熱を油に伝える。火を極端に強めたり、弱めたりしなくても、小さな調節のみで最適な状況に持っていける。だから上がり過ぎ、下がり過ぎというブレが少ない。実に料理人の思ったままのコントロールができるというわけだ。

海老は香ばしく、銀杏は爽やかに、里芋はねっとりと、揚げ方の異なる食材それぞれに最適な加熱が実現する。松田さんは、砲金鍋を使うと「恐ろしく早く火が通る」という実感を持っている。「結局のところ、揚げ過ぎが食材の良さを台無しにする原因です。私たちはいかに短時間で食材に熱を通せるか、衣をカラッとさせられるかが勝負。そのためには温度調節のしやすいこの鍋が欠かせません」。

松田さんの店「ごんべ」では、そのときに旨い素材を、好きな調理法で食べさせてくれる。盃を片手にカウンターで会話を楽しむ最中も、油の香ばしい香りが食欲をそそる。

しかし、松田さんのように砲金鍋を必要とする天ぷら職人にとって、いま非常に厳しい現実が訪れている。もうこの鍋はほとんどどの店でも販売されていないのだ。砲金という貴重な合金を使う鍋はもともと製造コストが高く、さらに近年は特に原料が高騰したため、採算が合わずに全国的に製造中止が相次ぎ、約10年前にはすでに造り手がいなくなってしまった。そのため現在市場には、数えるほどしか商品が出回っていない。料理道具なら何でも揃う千日前道具屋筋商店街でさえ在庫は残りわずか。つまり各店が現在使用している砲金鍋に穴が開けば、もう欲しくても手に入れられない状況なのだ。

一度失われた道具は、
再生が難しい。
それでも
取り戻さなくては。

天ぷらを一番美味しく揚げられる鍋が、このまま世の中から姿を消してしまえば、天ぷらを極めようと先人が研ぎ澄ませてきた高度な料理文化を、私たちは永遠に失ってしまう。その損失を防がなければ。道具屋筋商店街による砲金鍋復活プロジェクトが約3年前にはじまった。しかし、最初はなかなか製造を引き受けてくれる職人が見つからずに時間が過ぎた。砲金は仏具にも使われているため、まずは仏具製造が盛んな地域の職人にかけあってみたが、銅と錫の合成はできても、鍋の鋳型づくりなど、その後の加工がうまくいかない。一連の工程がすべて同じ工房でできないと、砲金鍋の製造は圧倒的に難しくなる。あちこち製造先を探しているうちに、かつて砲金鍋を造っていた工房とも巡り合ったが、そこにも当時の型は残されていない。10年も経つと技術は完全に失われるのだと思い知らされた。

製作途中の試作品と完成品。丁寧な手仕事で仕上げられた砲金鍋はひときわ輝いている。製作段階では銅と錫の合成に鉛を使っていたが、最終的には鉛フリーで製品化した。

そこで最終的には、はじめて砲金鍋を製造する意欲的な工房とタッグを組んでイチから開発を進めていくことを決断。技術の蓄積のない現場で製造するには、工程ごとに多くの試行錯誤が必要だった。鍋の形はどのくらいの大きさ、厚みが適切なのか。銅と錫をどのように流し込めば、成型がうまくいくのか。試してみなければわからない。おまけに鍋を磨く設備もないため、今回は研磨のための装置から開発することになった。また従来品は銅と錫の合成に鉛が使用されているようだが、今回は次世代に受け継ぐ鍋として環境にやさしい鉛フリーにこだわった。絆具プロジェクトの第4弾となる砲金鍋はこうした検討を経て、完成にこぎつけたのである。

仕上がってきた砲金鍋は、覆いを外してみると燦然と黄金に輝いており、見惚れるほど美しい。この鍋にきれいな油がたっぷりと注がれ、その中で心地よい音を立てながら季節の食材が香ばしく揚げられる様子は、考えただけで心が躍る。多くの料理人がこの鍋に心を奪われたのは、おそらく、優れた熱性能だけでもないはずだ。必死で磨き上げてきた技術を、ひと際美しいこの鍋で発揮するということ自体が、心を昂ぶらせるのだ。そして砲金鍋は、職人の心体の一部となって、旨い天ぷらを多くの客に供していく。10年前に造り手のいなくなってしまった伝統の鍋。私たちはそれを再び日本料理の世界に届けていくことを通して、先人たちが天ぷらに注いできた情熱や文化をもう一度見つめ直し、守っていきたい。

取材ご協力
割烹「ごんべ」 松田栄一さん

割烹「ごんべ」 松田栄一さん

大阪千日前で四世代に渡って続く老舗割烹「ごんべ」のご主人。魅力的な和の料理で幅広く愉しませてくれるが、特に力を入れているのが天ぷら。海鮮は毎朝、自身で買い付けに行って気に入ったものを求めているとあって、ネタの良さは間違いなし。そのこだわりのネタを黄金に輝く砲金鍋と、25年の経験によって研ぎ澄まされた感性で最高の一品に仕上げてくれる。

商品紹介Tsunagu Product

砲金鍋

Gunmetal Tempura Pot

10年以上前に造り手の絶えてしまった、天ぷら鍋。
一流の腕を誇る多くの料理人になお必要とされながらも
原材料費の高騰や技術継承の問題などから廃れてしまった最高の鍋を
現代に蘇らせることはできないだろうか。
千日前道具屋筋商店街ではこのプロジェクトを推進すること3年。
いまここに、燦然と黄金に輝く砲金鍋を復活させました。
圧倒的な蓄熱性を誇るこの鍋は、タネを入れても油の温度が下がりにくく、
素材の水分を残しながら表面をカラリと揚げられます。
天ぷらの美味しさはもちろんのこと、油を注いだ際の黄金の眩さ、
水が爆ぜる音色の美しさも相まって、宴席に最高の満足をご提供します。

詳しくは、取扱店 千日前道具屋筋商店街 
(株)和田厨房道具まで

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