千日前道具屋筋について

千日前道具屋筋商店街のご紹介

昔から、上方は「天下の台所」「くいだおれ」と人々に言われてきました。それを支えた味と技。そして、こころを鍛えプロの極みを追求する板場さんたちです。 舌と時代に磨き抜かれ、豊かな「食」と「遊」の上方文化をこの地に育みました。

まさに、「プロの使い勝手」にふさわしく、選び抜かれた道具の数々。 それに、たゆまず応えてきたノウハウの宝庫。これが「道具屋筋」のプロにごひいきを頂けているところなのです。ご家庭の台所にも、楽しみながら、その逸品お選びください。 5つ星を支え、深みのある品揃え。おどろきの商品群の数々。ぜひ、千日前道具屋筋商店街にお出かけください。

千日前道具屋筋商店街のご紹介


環境に優しい商店街を目指して

千日前道具屋筋商店街の太陽光発電

千日前道具屋筋商店街に、LED照明設備と太陽光発電設備が出来ました。
LED照明は、これまでの水銀灯による主照明を補完する照明として、主に夜間照明に利用され、消費電力を削減することができるようになります。 また、点灯時間を延長できるようになり、地域安全へ貢献します。
道具屋筋商店街にちなんで料理鍋をイメージした意匠のLED照明(白熱灯200W相当 消費電力22.5W)56基と、同じLEDのダウンライト28基を採用し、商店街のアーケードにとけ込んだデザインになっています。 太陽光発電は昼間の商店街統一看板の電力をまかないます。太陽電池モジュール(180Wx34枚=6.12KW)が商店街のアーケード上5個所に分散配置され、夜間電力のための蓄電設備を伴わないシンプルな構造となっています。
これらのLED照明と太陽光発電により、照明電気使用量の実質60%削減を目標にしています。

2011年にて、約50%の電力使用料金(量)の削減ができました。
電力量を抑え、有効的に活用することにより、長時間の街灯を点灯することにより、
地域周辺の治安にも貢献しております。
また、現在、大阪市の指導のもと、国内クレジット制度における排出削減事業に取り組んでおります。

千日前道具屋筋商店街のまい道くん
千日前道具屋筋商店街の太陽光発電メーター
千日前道具屋筋商店街のアーケード上部


道具屋筋のうた

~道具の花咲くこの場所で~

作詞・作曲・編曲:emi

「まいど!」「おおきに!」が合言葉 大阪天下の台所
彩を添える道具たち アーケードくぐれば ほら 広がる世界

どどど道具屋筋 どどど道具屋筋
難波・千日前のパラダイス
どどど道具屋筋 どどど道具屋筋
お客さまのニーズに笑顔でお応えします

選び抜かれた商品に心を込めて勉強します
お店やご家庭のスタートライン 探してたものがきっと見つかる場所

どどど道具屋筋 どどど道具屋筋
難波・千日前の宝箱
どどど道具屋筋 どどど道具屋筋
プロやアマ問わずにどなたさまも大歓迎です

どどど道具屋筋 どどど道具屋筋
難波・千日前のパラダイス
どどど道具屋筋 どどど道具屋筋
道具の花咲くこの場所でお待ちしてます


なつかしの道具屋筋

千日前道具屋筋商店街の旧アーケード
千日前道具屋筋商店街の旧アーケード
千日前道具屋筋商店街の歴史


千日前道具屋筋の歴史

1882年
(明治15)
「千日前道具屋筋」の起りは、法善寺の千日前から、
四天王寺のお大師さんや今宮戎神社への参道として、道筋が栄えました。
その「参道」に添って古道具屋や雑貨商が軒を連ねたのが「道具屋筋」の起こりです
1885年
(明治18)
千日前がますます栄えます
1912年
(明治45)
難波新地の大火災で、千日前は、焼け野原となって、振り出しへもどってしまいます。
1914年
(大正 3)
古道具屋が問屋や製造業の「道具屋」へ業態が変わり、専門店が始まります。
1925年
(大正14)
数軒だった「古道具屋」が20軒に増えて、問屋・製造業の「専門店」としての道を歩み始め「商店街」となっていきます。
1927年
(昭和 2)
このころから商店は厳しい時代に入り、店主さんは、仕入れ、販売、配達と店の掃除までを、一切を切盛りしていました。
1935年
(昭和10)
和食・洋食・中華と「飲食店の道具」を売る専門店に変りだします。
1937年
(昭和12)
ミナミの急成長と共に、「道具屋」は、大成長をします
1941年
(昭和16)
太平洋戦争で、生活は、危機的状況に・道具屋筋も同じでした。
1945年
(昭和20)
大阪大空襲で、焼け野原となり、バラック建てで生活を始めます。
当時は、生きるために必死でした。物々交換をしながら生活を支えた。そんな忍耐と根性の時代だったのです。
1948年
(昭和23)
生活が落着き、得意先がもどり、信用もついて、ついに「道具屋筋」が、復活します
1952年
(昭和27)
バラック建ての建物が壊されて、店舗が整いだします
1955年頃 この頃の映像があります。こちらをご覧下さい。
1960年
(昭和35)
「道具屋筋」大いに成長・本格的に商店街としてスタートします
1963年
(昭和38)
鉄製のアーチができ、一つ屋根の下に商店が結集しました。
当時は、「セントラル劇場通り」と呼ばれていた
1970年
(昭和45)
大阪万博が千里で開催されます。
アーケードに建設替え、全長150m現在の姿ができました。
1985年
(昭和60
「第1回道具屋筋まつり」開催、10月9日「道具の日」
この頃、東京の道具街「合羽橋」との交流が深まります。
1990年
(平成 2)
カラー舗装完成。世界に広げ、海外製品の導入も盛んになる。
1993年
(平成 5)
アーケード建替え「道」の看板をつける
1996年
(平成 8)
インターネットホームページ立上げ、情報化に対応
道具屋筋共同事業「ネット通販」「なべかま博物館」を開始します
2000年
(平成12)
商店街の活性化に向け、人づくり・街づくり・物づくりに取り組む。
商店街によさこい踊り「まいど連」を立ち上げる。
大阪ミナミ千日前道具屋筋集客エリア推進事業(修学旅行生体験学習)を実施。
2002年
(平成14年)
アーケード建設資金償還金返済開始
第一回ベンチャーウイーク開催
2003年
(平成15年)
「商いは微なり」商店街PR誌発行2000部
2004年
(平成16年)
アーケード内防犯カメラ設置
2005年
(平成17年)
「道極めよう」逸品づくり事業実施
2007年
(平成19年)
道具屋筋青年部立ち上げ
2008年
(平成20年)
「AED」(自動体外式除細動器)を道具屋筋商店街内に設置
2009年
(平成21年
「新がんばる商店街「77選」に選ばれる」
2010年
(平成22年)
アーケード内LED照明および太陽光発電設備を設置
大阪商工会議所会員に入会
商店街のテーマソングとキャラクター「まい道くん」の誕生
2011年
(平成23年)
インバウンド(外国人観光客対応)事業の一環として、多言語化による集客事業を実施
千日前道具屋筋商店街公式ガイドブックの再版
千日前道具屋筋商店街公式ホームページの改訂
商店街向けモニター端末機「ipad2 16GB wi-fiモデル」の設置
2012年
(平成24年)
商店街免税店化 本格化 iPad免税チャートにて4ヶ国語に対応
2013年
(平成25年)
第28回道具屋筋まつりにて、「世界最大のたいやき」ギネス認定
2014年
(平成26年)
未来の料理人を育てよう「道具屋筋キッズ料理体験」開催
2015年
(平成27年)
アーケード改修、防犯カメラ設備更新
大阪フリーWiFi(大阪観光局・NTT)導入(公衆無線LANサービスの更新・整備)
大阪ミナミ400年祭に参画
黒門市場商店街との共催により第30回道具屋筋まつりを開催

歴代会長

初代 川西 鶴吉 川西調理道具専門店 
二代目 千田 敞一郎  (株)千田
三代目 湯川 徳太郎  (株)花月堂
四代目 千田 利夫 (株)千田硝子食器
五代目 湯川 徳太郎  (株)花月堂
六代目 小川 勝治 (株)相互商会
七代目 能口 和一 (株)大弥リビング
八代目 山下 徳二 (株)山下金物
九代目
(現在)
千田 忠司 千田硝子食器(株)
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